信頼関係を築いて便秘の「思い込み」を解く
EAファーマ株式会社便秘はよくある症状ですが、思い込みや誤解から自己流の対処をしてしまい、知らず知らずのうちに悪化しているというケースもあります。排便に関する専門医で、便秘外来で診療を行う津田桃子先生(公益財団法人 北海道対がん協会 札幌がん検診センター 内科部長)にお聞きしました。(聞き手:NPO法人日本トイレ研究所代表理事・加藤篤)
刺激性下剤の使い方
――便秘の方を日々治療されている上で、課題に感じることは何でしょうか?
津田先生: 便秘は、20代から60代くらいの間は女性に多く、年を重ねると男性も急に増えて、男女同じくらいになります。このうち便秘に自己流で対処していて、間違った方法で市販の薬を使っている方がいることに課題を感じています。
市販薬のなかには、刺激性下剤といって、便秘診療のガイドラインでは長期間続けて使うことは避けるべきとされている成分が含まれているものがあります。刺激性下剤は腸を動かして排便を促すので、服用すれば便が出ます。便が出るから、それでいいと思ってしまって、10年、20年と続けて飲んでしまう方がいらっしゃいます。また、飲む量も次第に増えて、いつも水様便という場合もあります。このように、使い方を誤って刺激性の下剤を使い続けると、大腸が黒くなる「大腸メラノーシス」を引き起こし、大腸の動きが悪くなります。
便秘に悩んでいる方は、とにかく便を出したい、出ていればいいと考えがちです。例えば、若い女性なら「毎日便がでないとおかしい」「便秘だと太る」といった友達同士の会話がきっかけで市販薬を飲み始めて、誤った使い方をしてしまう人も少なくないと思います。
――排便について話すこと自体はいいことだと思うのですが、そこで誤った思い込みをしてしまうんですね。
津田先生: 正しい排便がどういうものか教えられていないし、知らない方が多いと感じます。毎日排便がなくても、本来は週に3回程度を目安に出ていれば問題ないんです。また年を重ねれば、大腸の動きも低下して便秘になりやすくなります。年齢に伴う便秘の悪化はある程度仕方のないことですが、「便が毎日出ない」「昔のようにすっきり出ない」ということにこだわってしまい、不要な下剤投与につながっている方は多くいらっしゃいます。
患者さんに寄り添いながら、認識のずれをなくす
――医師と患者さんの間で、認識がずれているんですね。そうした患者さんとどのようにコミュニケーションをとっていくのでしょう?
津田先生: まずは患者さんのお話を聞いた後に、正しい排便について大腸の図や、ブリストル便形状スケール(下図)などを示しながらお話します。また初診の際には必ず便秘エコーを行うようにしています。
便の形状を聞いて水様便と答えられた場合は、便が大腸を通過するスピードが速すぎて下痢になっているので、便秘薬の量が多いと思いますよ、と便秘エコーを行う前にお伝えします。通常の人は、便秘エコーをすると大腸には便がありますが、便秘薬が多すぎると、大腸には便がない状態です。画像を示しながら答えあわせをすると、納得いただけることが多いです。
――言葉だけで説明するより、画像を示すことができると患者さんにもわかりやすいですね。
津田先生: もちろん初めに納得いただいても、治療がスムーズに行くことばかりではありません。治療の途中でも「やっぱり便がある気がする」「薬が効いていない」という訴えがあった場合には、適宜便秘エコーをしています。便秘の治療は本人の考え方がとても影響するので、「今、出すべき便はない」ということを根気強く患者さんに示す上でも、便秘エコーは大切だと考えています。こうしたやりとりを繰り返しながら、治療を続けていきます。
――とても根気のいる治療だと思います。なぜ、なかなか納得することができないのでしょう?
津田先生: 正しい排便が理解できていないことが大きいと思います。本来の排便は、「直腸に便がおりてきたら便意を感じて、トイレに行って排便する」というものです。でも、刺激性下剤を長年飲み続けていた患者さんにお聞きすると、「お腹がギュルギュル痛くなって、トイレに行くと水様便が出る」という状態が普通になっていて、それが「正しい排便、満足のいく排便」と感じてしまうようです。長年にわたって自己流で対処していると、「今まではこうだった」という執着が大きいと感じます。
私自身は患者さんに、「本当のことを言ってね」とお伝えするようにしています。指導したことを守れなかったり、処方薬を飲まずに市販の刺激性下剤を飲んでしまったことなどを、隠さずに言ってくれる患者さんのほうが改善していきます。そうしたことを話してもらうためには、信頼関係が大切ですね。
――コミュニケーションをとるときに心がけていることはありますか?
津田先生: 患者さんからマイナスのことを言われても、必ずポジティブに返すようにしています。前回よりも進歩していることは必ずあるはずなので、そこを探して認めます。できなかったことは次回がんばろうと励ますように心がけています。
また、100%の正解を押し付けないように気をつけています。例えば、「足が不自由で訪問介護を受けているから排便のタイミングが限られる」、「トラックドライバーなので長距離の運転の前には便を出しておきたい」など、患者さんの生活スタイルや職業によって対応しづらい部分については、処方薬を変える等、こちらが折り合いをつける必要があることもあります。相手にあわせて、伴走していく姿勢が大事ですね。
ポータブルエコーの活用で、治療指針が明確に
――津田先生はポータブルエコーの活用にも積極的とお聞きしました。ポータブルエコーはこれまでの便秘エコーとどう違うのでしょう?
津田先生: ポータブルエコーは持ち運び可能なエコーで、在宅医療などで訪問医師・看護師が使用可能です。在宅医療の場では直腸に便があるかどうか、それが硬い便なのか普通便なのかを、判断することが、その後の排便ケアにつながるので重要です。直腸には本来は便が溜まっていないのが正常な状態なので、便があれば、まずはそれを出す治療(浣腸や坐薬など)を行うことが適切です。反対に、直腸に便がないのに出すような治療をしても患者さんに苦痛を与えるだけで、意味がありません。
私自身も診療で活用しています。例えばポータブルエコーで直腸を見たときに便があれば、便意を感じにくくなっているのではと仮説を立てて、処方薬を検討します。また、残便感を訴える患者さんにエコー画像をみせて、便がないことを説明するときにも、ポータブルエコーはその場ですぐに結果を共有できるので便利です。
津田先生: ポータブルエコーの活用により、患者さんの状態に応じた治療が進むと考えています。
最近ではポータブルエコーの結果に応じて、どのような薬剤や治療を選ぶかを示したという治療指針を提案した論文が発表されました。現在はデータを蓄積している段階ですが、この治療の指針が確立すると、便秘が専門ではない医師でも、治療方針を容易に決められるようになると期待されます。
――ここまでお話を伺ってきて、患者さんとの信頼関係を築きながら便秘治療を行うために、共通理解が必要だと感じました。何か良い方法はあるのでしょうか?
津田先生: 患者さんには、「出てくる便の形を信じて」と伝えています。残っている感じがする、などの感覚ではなくて、バナナ状の便か、コロコロ便か、水様便かという形が大事だと伝えています。それでも残便感があるという場合には、エコー画像をお見せして、客観的な指標で治療を進めていくことが非常に大切です。
大腸の図と、ブリストル便形状スケールと、エコー画像があることで、患者さんとも理解を共有することができます。
また、最近気づいたことですが「満足のいく便を目指そう」と言うと、患者さんによっては「下痢をしても毎日出すほうが満足」と思っている場合があるので、そこで認識がずれることがありました。それに気づいてからは「バナナ状の便を目指そう」というように表現を変えました。言葉でもお互いにイメージを共有できる表現が大事ですね。
病院では、便秘が悪化してしまった方を治療していますが、本当はそうなる前に改善や予防ができればより良いと感じています。多くの人に便秘を正しく知ってもらって、重症化する前に適切に対処してほしいと考え、私自身もSNSで便秘について発信をしています。
――トイレweekを通して、排便についてぜひ知ってもらいたいですね。本日はありがとうございました。
(2024年9月9日、EAファーマ株式会社本社にて取材)